むなしく戻ることはない。
むなしく戻ることはない。
人は苦しい出来事も、そこに意味を見いだせるなら乗り越えることが出来ます。
「このトレーニングは自分を成長させ、目標に近づかせてくれる」そう信じるから多くのスポーツ選手は厳しいトレーニングを続けることが出来るのです。
「こんなことやって何の意味があるんだろう」
「これまで自分がやってきたことは無駄だったのかもしれない」
無意味感はわたしたちの心を苦しめます。
イザヤ55章の聖句は、そんなわたしたちに「御言葉の力」を再確認させてくれます。
雨も雪も、ひとたび天から降れば
むなしく天に戻ることはない。
それは、大地を潤し、芽を出させ、
生い茂らせ
種蒔く人には種を与え
食べる人には糧を与える。
そのように、
わたしの口から出るわたしの言葉も
むなしくは、わたしのもとに戻らない。
それはわたしの望むことを成し遂げ
わたしが与えた使命を必ず果たす。
<旧約聖書・イザヤ書 55章10~11節>
「こんなにも長い間、信仰生活をしているのに全然成長しない。自分はだめなクリスチャンだ」
自責の念に駆られることがあるかもしれません。
「聖書の言葉を伝えてきたけど人々を信仰に導くことができなかった。自分がしてきたことに何の意味があったんだろう?」
自分がしてきたことの意味を疑いたくなることがあるかもしれません。
しかし神様は、先のみ言葉を通して「地上に降り注ぐ雨粒が大地を潤し、命を育むように、わたしの言葉も決して無駄になることはないのだよ」と、わたしたちに約束してくださいました。
わたし自身の内には力がなくとも、神様と神様の言葉には力がある。そのことをいつも覚えていたいものです。
写真 * 府中郷土の森公園の紫陽花です。降り注ぐ雨が花を美しく咲かせます。
セブンスデー・アドベンチスト八王子キリスト教会 牧師:伊藤 滋